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3人の無法者?
実は、映画「乱暴者」のエキストラ役ではなくて、ビッグベン、セックスマシーンとオレらの稚内のバイカー兄貴、天狗様。
ここでライダーハウス、景色、温泉など以外に、北海道はバイカー楽園である理由を説明してみる。
その中心には、「バイカー体験」というのがある。簡単にいうと、北海道は日本の最後のフロンティアである。オレらが走ったことのあるどの地方よりも、日程、何時に起きる、何処へ何時までに行かなければならない、株式投資の成績などの心配のない別世界へ連れて行ってくれる。北海道に上陸したら、どの方向に走っても1日の楽しい乗りがきっと出来る。例えば、どこかで景色を見るために足を止めて、そしてそこに他のバイカーたちがいて近くに快適なライダーハウスと温泉があると教えてくれる。その話を聞いて、今日の走りをここまでにして例の温泉に浸かりライダーハウスに泊まる。そこでバイカーたちと話しに花が咲いて、親しい友人にまでなる。数時間の自由走りと自然鑑賞から生まれる時間の余裕と心の安らぎがある、そして会ったばっかりのバイカー仲間も同じ経験をしているからこういうことがある。
自分は自分の主とタイムキーパーで ある。止まる気になるまで走り続け、好きなところで食事をとり、好きな場所で眠り、どこにでもある温泉に浸かる、そしていつも次の冒険へ連れて行ってくれる道がある。
北海道では、実に数時間も走り続けても他の車、その他文明の気配、まして他のバイクを見ないことがある。従って、ようやく他のバイクと擦れ違う時に相手がピースサインなりの合図をし、自分が返すことになる。止まっていると、他のバイカーが大丈夫なのかどうかを確かめるために止まってくれる。そして自分も他のバイカーのために止まってあげる。これもまた北海道がそうさせる心の余裕、「あ、今のバイカーが大丈夫かな、止まって確かめた方がいい」と考える時間のゆとりを与えてくれるからこんなことが出来る。
広大で人口の少ない地として、北海道に農場が多くて、農民とその広々とした土地でシンプルな生活を送っている人々が沢山いる。こんな人たちにとって、経済状況の変化に煽られず、大体はずっと同じレベルの生活を保っている。30歳までに億万長者にはならない、高級車には乗っていない、ブランド品の洋服とアクセサリーを持っていないかもしれない。でも、時間をかけて彼等と知り合って、少しでも一緒に時を過ごすと、良く微笑み、良く笑うことに気付く。物質的に欠けているかもしれないが、精神的に豊かである。
北海道を旅すると、アイヌの文化に触れる機会もある。アメリカンインディアンの文化と同じようにアイヌ文化は物質的な欲求より精神を重視する。アイヌはシンプルな生活を送り、自然の恵に感謝している。
日本の猛烈な経済エンジンである東京から遠く離れている北海道の人々と触れるバイカーとして、次第に日頃のストレスが解消され、都会であんなに大事だと思ったことが些細に見えてきて、背負っていた思い負担が溶け去り、心がゆっくりと原点に戻る。北海道に向かって旅立つ前に提出した報告書を上司がどう思ったのか、恋人が都会で不倫しているのか、何らかのために溜めている貯金が足りるかどうかなどの心配がどうってことなくなり、本当に生きている意味を思いださせられる。
道を走って、頬に風を受け耳に風の音を感じ、松と草と花の香りを嗅ぐ。獲りたての魚を口にくわえながら道を横断する北狐が目に入る。海を見渡し、潮の匂を嗅ぐ。畑で働く農場主。自由に走る馬。上の空で飛ぶ鷲。顔に当る太陽。焚火の煙と美味しそうな料理の香りを嗅ぐ。1年振りに会う友達をぎゅっと抱きしめる。天然露天風呂に浸かる。湖畔のキャンプ場で北海道限定ビールを開け最初の一口を味わう。夜中に道の真ん中に横になって数え切れない星空を見上げる。会ったことのない他のバイカーと擦れ違いながら手を振り、お互いに違う時と場所だったら出るはずのない感情と熱意を表わす。会ったばっかりなのにもはや昔なじみのようになっている仲間たちと笑って語り合う。広い木造の宿で眠り、薪ストーブで出来たてのコーヒーの香りで起きる。先住民の伝統の舞踊を見る。夜のテントの中から梟の鳴き声を聞く。これらは本当に生きている意味で、何よりも生きていると感じさせるのは北海道のバイカー体験である。


