
長い答え
前にザ・スティンガーが、あるバイカー掲示板で「バイカーの定義」を求めたことがあった。彼らの答えは以下の通り:
オートバイに乗ることはオレにとって以下のことを意味する:
今そこにあるあの素晴しい自然を知覚する方法。限界を征服することによって日々のストレスを解消する方法。振動してるパワーを経験して,
そしてその一部になる方法。
1つになること。。。人体とマシーン。他の人々と冒険を一緒に経験しる方法。自由, 思考, および行為を基づいた心の状態。自分の現実について集中的に考えて,
ものごとについて判断する最高の方法。その時だけでもオレにとって貴重である。大草原。。。マシン。。。心。他の人と会ってお互いの経験話しを交換する方法。オレの生きていることの感謝を表す方法。
「バイカー」、「ライダー」、どの言い方してもみんな同じ二輪の世界(これの定義もまた奥深い)に引かれる者同志だ。 オートバイに乗るって、危険から興奮を与えられて、そしてその興奮と致死の世界にありのままの身をさらされていることと共に、高められた視覚、嗅覚、触覚の感覚を素直に受ける。その結果は純粋、身の引き締まるような、ワイルド、振動している娯楽!!
オレが, ずっと昔から乗っていて, それがなぜこんなに好きのかを忘れてしまった。乗用車は何年も前飽きたのにオートバイには全然飽きない。バイクの魅力はパワーでもない。それも好きだけど。取り扱い易さでもない。スポーツカーには,
はるかに高いコーナリング速度がある。バイクという経験そのもの、そしてこれを与えてくれる自由、長旅の挑戦、道路を走っている時の日程のない感だと思う。何処かに車で行くのは嫌い。バイクで行くは大好き。バイク乗りでない人より、バイク乗りと一緒にいる方が好き。オレが思っているバイカーを想像すると、どうしても四輪車が必要な時のために古くさいトラックを持って、そしてそれ以外の時は本当に良く整備されたオートバイをもっている奴だ。単なる「オートバイ所有者」は立派なバイクを持っているけど、新車の四輪車がないと我慢出来ない。バイカーは自分のバイクの整備をバイクショップにめったに頼まない。オートバイ所有者はバイクの仕組を知らず、知ろうとせず。バイカーはツーリングの時、目的地に着いてからのパーティーも着くまでの走りも同じ位楽しむ。オートバイ所有者は目的地までバイクをトレーラに乗せて運んで行き、そこからはちょっとだけバイクに乗って、後は酒を飲んで騒ぐだけ。ステレオと空調の付いた四輪車でないと100マイルも走ることが考えられない。俺はバイカーが何だか分かっている。しかし、具体的には定義出来ない。バイカーはよその人より自由と自然を尊敬していて、独立独歩を持っている。バイクに乗っているとき,
オレはしばしばカウボーイたちが昔馬に乗って広々とした空間を知っていた前世紀の西部と自由を考える.
難しい質問だね。オレはライダーを見つけて, 彼に尋ねなければならないだろう。それはバイカーとはいったい何か分かればの話しだがね。それに本当のバイカーが見つかればね。なにが本当のバイカーなのかも良く分からんし。とにかく、オレにとってバイカーってその全体のライフスタイルと哲学に専念する者だ。そういう意味でオレは多分「バイカー」ではない。オレは「オートバイ所有者」とバイク乗りの間位かな。そんなにメカいじりしないし、そしてこっちの天気のせいと仕事で忙しいためそんなにしょっちゅう乗れないし。でもオレは個人的にバイクに乗ることから得ることを教えてあげる。
まず、毎日仕事で嫌なことを我慢する理由の1つである。ストレスが高まると, オレはバイクを乗る。精神科医に行くか,ストレスマネージメントの講座を受けるよりはるかに効果的だ。オレの旅行は必ずバイクだ。別にバイカーは反乱者とは思わないが、確かにバイクに乗ることに専念する者は特別な人類だ。危険を冒す者だ。一般の人と違う。はっきりと説明できないが、例えば、車で通勤すると、労働日は帰宅してから終るんだ。しかし、バイクで通勤した場合は、バイクのエンジンをかける瞬間に労働日が終るのだ。今仕事から疲れて賢いことは何も言えないけど、車は交通手段。バイクはバイクだ。俺はまたがれなくなる日まで乗り続ける。
バイカーとは何?と考えると、オレは混乱する。その理由は多分今までバイカーになろうとしている者、バイカーになりきっている者、自分はいったい何だか分かっていない者、いずれも多く見てきたからだろう。オレの経験ではバイカーたちの共通点はこうだ:
バイカーは自分と他の者を尊敬する。どんな状況でも自分の一族も他の者も助ける。他人の批判の言葉はどうってことない。だいたいは自分のバイクを自分で修理する。あるいは自分でできない修理は友達に頼める。服装の外観より機能性の方に気をかけている。目的地よりそこまでの走りの方が大事。煮詰めると問題は簡単だ:「バイカー」はまじに困った時に頼る奴だ。バイカーは偽物でなくて本物だ。
わしの名はバイカーである。嗅ぎたばこをやり、わしの女を貸し出し、HDの印を尊重しない奴を殴る。好きな時に食べたい物を食べ、飲みたい物を飲む。わしの革服は黒で、ベストは色あせている。わしの髪とひげが長くて, 灰色だ。バイクで教会に行く、そしていつも米国旗を運ぶ。自分の工具で自分と他の者のバイクを修理する。友人のバイクショップで働く。常に銃を持って、防衛のためなら使う覚悟もできている。わしをほっといてくれれば、わしもあんたをほっとく。バイカー人生がわしの哲学で,わしの国がわしの宗教。わしのHDより最高なのはセックスだけ。分かったか?
「バイカー」を定義するのについて嫌いなのは、人が自分の意見が唯一の正しい意見だ言い張ることだ。オレには、一陣の突風とその匂と音を愛している者は特別な人類だ。まず最初にバイクをまたがる根性がある者は特別だ。バイカー、ライダー, その違いは何? 我々は皆, 同じことが好きな者同士。だだ、皆各々のお気に入りがあるだけ。
不論理的であることは, ポイントである。この「バイカー」のことに関して論理的なことは何もない。心の問題, 感情的な問題だ。気温がF35度の時にトラックを置いて、わざわざバイクで通勤する者は決して論理的ではない。個人感情的な理由でバイクを選んでいるはずだ。ライフスタイルについて, 国の他の地方はどうなっているか分からないが, ここの周りに一般的な「バイカー」が数多くいる、それに大半はとてもいい人なんだ。オートバイに普通より広い関心を持っているため, オレは彼らとあまり合わない。若い頃はオレが今より競争の性能を重視していたが、それでもいわゆる「バイカー」と仲間入り出来たんだ。前述べたように, 簡単な定義が的確にできない。オレは実用的な衣服の話しが面白かった。オレのような「バイカー」のほとんどは他の人より色々についてもっと実用的な考え方を持っていると思う。でも、その論説はカスタムバイクショーに行ったら関係なくなるけどね。ほら、定義が分かったと思ったら、何か欠けている。
オレにとって「バイカー」でいることは長旅をする挑戦を受け、自由と個性を大事にし、他人の意見と生き方を尊敬し、困った人を助け(だって自分はいつ助けが必要になるか分からないから)、田舎道の美味しい空気を味わい(車では出来ないこと)、地球環境を大事にし、そして全体的にいい人でいて、共存共栄を信じること。そしてもちろん「道」とのロマンも大好き。気ままで走って、目的地は旅、旅は目的地。などなど…
オレは一日中、バイカーとはなに?を考えた。それであることに気付いた。オレは今まで色々なバイク乗りと会ったが、その中で、オレが言う「バイカー」はある共通点を持っている。それは、何処で、どんな天候のもとでも、ある一種の顔表情、少し狂った笑いをしている。その笑いはまるで「そうだ。あんたもバイカーで、俺は何故笑っているか分かっているはず」と語っている。全てのバイク乗りには見ないが、かなり多くのバイカーがこの「表情」を持っている。オレが言いたいことは通じるのかな?
以上。バイカーたちの生声でした。
誰1人も自分にとってさえ十分に的確な定義を出すことが出来なかったことに気付いた?
しかも皆本物のバイカーなのに。
スポーツ系のバイク乗りもアメリカン乗りもいた。ハーレー乗りもそうでないのもいた。でも皆同じバイカーなのだ。それなのに、「バイカー」でいる意味を正確に定義できる人は1人もいなかった。皆は説明するために自分のバイカー経験の実例を挙げなければならなかった。
しかしながら、各々の「バイカーさ」の認識にとても似ている要素がある。各投稿に自由, 個性, 高められた感覚及生きている意識、自然と景勝の鑑賞、自信と自己満足、心の安らぎ、自尊心と他人への敬意、快楽主義、冒険、倹約、及び自分のバイクとの準神秘的な統一の感覚があった。
というのは、どういうこと?
バイカーでいるっていったい何を意味する?
そこで、オレのバイカー理論をここにまとめてみた。
まずは。。。
寛大さ
バイカーになることは非常に多くの善良な形でオレの人生に影響した.
まず第一に, 人道主義がある.
他のバイカーで完全に見知らぬ人が路上で止まってくれて、助け、救出、アドバイス、または単に挨拶をくれたことは数え切れない位ある。そして機会があったらオレはその好意を他のバイカー、または困った人にも返している。我々バイカーは何故こんなにわざわざ他の人を助けようとするか?我々自身がいつ助けが必要になるか分からないからだ。バイカーは見た目が怖いかも知れないが、本当は世界で最も親切な人々である。
自然
もう1つの影響は自然に対する高められた敬意と環境保護主義の意識。ありのままの大自然の中を走って、満喫した経験をしていることから、不正な産業と過度の資本主義によって破壊されるものを直接知っている。気が付くとオレは自然に環境へのオレ自身の負荷を意識するようになっている。
例えば、いつも後で適切に処分されるようにキャンプ場からオレの出したクズのすべての片付けを確にする。ポイ捨ても絶対にしないし、他人がポイ捨てしたたタバコの吸い殻などまで拾うこともある。
自信
また, バイカーになることのよって強い自尊心と自信を得た。
バイクに乗ることはオレの生き甲斐になっていて、乗り続けることができるように一生懸命働く動機になる。他人の生き方と意見に対して敬意を持つようになる。
バイカーでいることによって、人と伸びやかに実直に話しかける事ができ、仲間入りし易くなる。
実用的
バイカーの生き方は、流行からの免疫と倹約の感覚を与えてくれる。収納容量はわずかであるため、オートバイで旅をする時、我々バイカーは大体必要不可欠なものしか持って行かない。そして、それ以上の物を欲しがらない。バイカー服装は主に格好より機能の問題。我々の革服とジーンズは必要だから着る(彩るワッペンなどのアクセサリーは別問題かも知れないが)。我々の服装は最近の流行に合っているかどうかが重要ではない。今着ている革ジャケットを十数年後もきっと着ている。
冒険
バイカーでいて最高なことは、遠出をして、国をさらに見て、その美しい自然のままで陸を自分の目で見て,そして普段絶対会えない自分と全く別の生活を送っている人々と出会う機会がある。
いつ、何処に旅をするかも自由選択。
それに、重要なのは, 目的地だけではない。そこまでの旅は同じ位楽しい。
作家ウォーレン・ベラスコを引用すると:
「自分は自分自信の主人である、道が先に延びている;焚火で自炊し、好きなように食事をとる;眠くなったら星の下で眠り、夜明けと共に目覚める;山の湖ででも泳ぐ;そしていつも先にあるのは道。」
道
この題目はそれ自体のための別の論文に値する位奥深いことだ。
簡単に言うと、バイカーの道とのロマンは実に素晴しいことだ。
以下の2つの引用はこの気持ちをうまくまとめていると思う。
「オートバイで旅をするのは、それを処理する必要はなくて視覚データを感じて,受け取る方法である。映画はありのまま、ろ過されていない人生が脳味噌に抽出、ろ過されている人生より優れているという考えを優先にする。道はこの即座で,
知覚の経験の理想を全う舞台である.」
−映画「イージーライダー」について語るマイケル・アガー
「アメリカンドリームをゆっくり走らせる国道66号線」
「我々は荒い経路と危険に予断を許さない道路を徒歩で旅して回った。それは単に行商人,
通勤者または旅行者としてではなく、経路か道路が自由,
新しい人間の関係, 風景の新たな認識、何らかの熱情的な経験の意味を持つと信じる人間として。道は我々が誰であり,
どこに属するのかを発見させてくれる可能性のある未知への旅を与えてくれる。」
- J.B.ジャクソン,「 時間の感覚, 場所の感覚」
都会の生活
バイカーでいることはすべて楽観的ではない.マイナスの面では、ある程度都会と主流の生活を軽蔑をするようになる。バイカーの観点から、都会生活の何がそれほどすばらしいか?都会は働き過ぎのサラリーマンでいっぱいの高層ビルだらけで、交通渋滞ばかりのコンクリートジャングルだ。どうせ渋滞にはまるならバカバカしく高値な高級車を持って何の意味がある?どうせ有意義に使う時間の余裕がないなら、何のために仕事ばかりしてお金を必要以上に稼いでいるの?映画「ハートブルー」のパトリック・スエイジーの役からの引用はこの気持ちをうまくまとめる:
「人間の精神を破壊するこの社会制度との戦いだ。あの交通渋滞にはまっている金属の棺に乗っている死んでいる魂達に,人間の精神がまだ我々に生きていることを見せてやる!」
生きていること
オートバイに乗ると、他のどんな経験でも比較にならない程、「生きている」という肉体的な存在の非常に鋭い感覚をバイカーに与える。
作家ロバート・ピルシッグが「禅とオートバイ修理」でうまくこの感じをまとめると思う:
オートバイで旅をしている場合、物の見方がその他の交通手段の場合と全く違ってくる。車の場合はずっと箱の中にいる。慣れてしまっているから車の窓から見る全てはテレビと変わらないことに気が付かない。自分は受け身の観察者で景色がフレームの中でつまらなく通りすぎる。オートバイの場合はフレームがない。全てに完全に接触している。ただ単に見ているのではなく、自分もその場面に入っていて、存在の感覚は圧倒的である.足の5インチ下で流れる舗装面は本物、いつも上に歩くのと同じ物、今そこにある、ぼやけていてはっきり見えないが、いつでも足を置いて触れることができる、そしてずっとこの全ての体験が当面の意識から離れることがない。
楽しい!
そして, もちろん,バイクに乗るのは単に楽しい!


